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年末恒例の光景(12月30日更新)

年末のメインイベント(?)大掃除。
昨日は14時頃から取り掛かったんだけど…

…6時間経っても終わりませんでした。

途中出てきた本を読んだりしてたのが
主な原因なんだろうけど、それにしても遅すぎる…。
おかげで昨日はダンボールの山に囲まれて眠ることになりました。

掃除のときって誰でもad hoc(暫定的)なモノが出てくると思うんです。

ad hocなモノとは

「あっちの棚が片付いたらこれをいれよう」とか
「カテゴリーが不明だから後でどこにしまうか考えよう」て後回しにするモノ。

そんなものを床に放置していくと
いつの間にかad hoc だらけになっているぼくの部屋。
大掃除はいつも時間がかかります。

とりあえずこれから後半戦に取り掛かります。

さて、今日からしばらくは神奈川の実家に寄生…じゃなく帰省予定。
特に福島にいてすることないので(実家にいてもそうだけど)
年末年始は実家で過ごす予定です。
というわけでここではおそらく今年最後の更新。

みなさんもよいお年を!
来年もみなさまにとっていい年になりますように。

200712月30日

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こちら特等席(12月26日更新)

突然ですが、みなさんは
演奏会などで、「どこの席に座るか」
決めてたりしますか?

座席指定じゃない限り、
演奏会では普通自由に席を選べるものだけど
ぼくの場合そういったときは必ず
『最上階席の真ん中』に座ると決まってます。

先日も後輩たちの演奏会があったんだけど、
その時もやっぱり4階席(?)の真ん中に陣取ってました。

知り合いの出ている演奏会の場合、
確かに顔が見れるから、という理由で
1階席の舞台に近い席を取る知人がいます。
それはそれで理由があるわけだし、
そうした席の取り方も別に構わないと思うけど
それでもぼくは最上階の真ん中の席を選ぶかな。

それにはちゃんと理由があって、
合唱の演奏会の場合は
最上階の席に届く声がこそが
よく飛んだ、それでいて上澄みの綺麗な声と言われているから。
そこまで届かないような声なら聞くまでもないし、
逆にそこまで届くならいい声の証拠(例外もありますが)。

大学時代の合唱の先生も同じことを言っているのを聞いたことがあって、
演奏会の際も客席の見栄え(客の散らばり具合)を気にして
2階席を閉鎖にしようとしようものなら
「一番いい席に客をいれさせないなんてどういうことだ」と
怒っていたものでした。

今秋、ウイーンフィルハーモニーのニューイヤーコンサートで有名(らしい)
「楽友協会(Musik Verein)」に行ったんですが、
そのとき買ったチケットというのが一番安い席だったんですよ。
中に入ってチケットの席に向かうと、
そこは最上席の建物の中でも一番後ろの席。
ぼくにとっては一番後ろの席こそ特等席なので
舞台から遠いのは気にならなかったんだけど、
世の中の感覚では普通はそういう席には
そうした値段がつけられるんだな、と考えさせられました。

その一方で、値段相応の扱いを受ける席も当然あります。

ウィーンの『国立歌劇場』は
いくつも値段の違う席のカテゴリーがあるんだけど、
一番安い、しかも当日券を買おうものなら
下手すると

舞台が見えない…。

オペラなのに舞台が見えず
歌だけ聞こえてくるというこの仕打ち…。
舞台が見えない席でも売る感覚が
日本ではなかなか考えられないけど、
あるものは仕方ない。

せめて日本の座席フリーのイベントでは
いい席を取りたいものです。

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赤ちゃんと僕(12月23日更新)

そんなタイトルのコミックが
昔あったような気がしますが。

さて、昨日
前からここでも話していた
子供の生まれた友人の家に行ってきたんですよ。
出産からひと月経ったので、
そろそろいいだろうと出産祝いも兼ね
会社の同期3人で新居の訪問。

赤ちゃんの方は生まれてひと月経ったということで、
だいぶ大きくなり結構髪の毛も生えていました。
ちなみに体重は4500kgだとか。

赤ちゃんを対面するなり、まずは

「パパですよー」というボケ。

そして

「違うやろっ!」

という父親(友人)からのツッコミ。

お決まり(?)のパターンです(笑)

さて、家にあがって1時間くらいは
赤ちゃんはぐっすり眠ってるようだったんだけど、
両親(友人夫妻)によれば、それは

寝ているふり

なんだとか。
知らない人がたくさん来てるから緊張してるのか、
寝たふりをしてるんだそうです。
「赤ちゃんも高度なことをするなぁ」と妙なことに感心。

それにしても今日一日通じて思ったこととだけど、
その場に赤ちゃんがひとりいると
赤ちゃんがその場の関心と話題の中心になっちゃいますね。
いわば『場の支配者』。
赤ちゃんにかなうものなんてその場には他にいません。
赤ちゃんは強し、です。

ところで出会ってから2時間くらい経つと、
寝たふりをやめた(?)のか
赤ちゃんもきょろきょろしたり、ぐずぐずしたりし始めます。
起きたところで早速抱っこさせてもらったんだけど…

かわいかったなぁ。。。

間近で見る赤ちゃんって全てが小さくて、
目も口も鼻も、手も足も小さいんだけど
それでいてずっしり腕にくる重さと温かさがあって、
腕にすっぽりいてくれるだけでほんと癒されるんだ。

なんだかんだで1時間くらいは抱っこしていたから、
いい加減腕も疲れたりしたんだけど
そんなことは気にならないくらい心地よかったです。

ところで

抱っこしてる時に赤ちゃんがすやすや寝てくれると
なんだか嬉しい、というか優越感に浸れるんですよね。
(父親〔友人〕は嫉妬の目で見てきてたけど・笑)

その代わり

腕の中にいるときに赤ちゃんに泣かれると、
おろおろしていまいなんとも困った心境に…。
友人夫妻の方はさすがに両親であるだけあって
赤ちゃんが泣いてるときも動じず笑ってるんですよね。
今はとてもじゃないけど真似できないな、と思ったかな。

とりあえず抱っこはできたから、
彼女が将来大きくなった暁には
「昔は抱っこしてあげたんだよ」と言う計画の
第一段階はクリアしました(笑)

そういえば、抱っこしてる時に
ちょうどぼくが思ってたことで
友人夫妻も言ったことがあるんですが

赤ちゃんって抱っこしている時に
たまにこっちを「見ていない」感じがすることがあるんですよ。

自分のことを見てくれてくれてるようなんだけど、
実は微妙に自分を通り越して
ぼくの背後の方を見ている気がする…。

友人夫妻の間ではそういうときは
「(亡くなった)おばあちゃんが来てるんじゃない?」
という会話を交わしているそうです。
…そ、そうですか。

とりあえず彼女は今日の出来事は覚えてくれていないと思うので、
またこれからも機会があったら会いにいって仲良くなろうと思います。
彼女の成長を見るのが楽しみです。

余談ですが、
帰る途中で友人からメールが来たんで
読んでみると

「ゆいたん(赤ちゃんのこと)が○○(ぼくの名前)に
だっこされて笑ったのはたまたまやから、
勘違いすんなよー」

…やっぱり気にされてた。

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最近「ピンチ」って言葉を聞かなくなった気がする(12月15日更新)

今日は担当している病院の先生と
昼食を食べる機会があったんですよ。

趣味の話が合う、てことで
懇意にしてもらってる先生なんだけど、
その先生の行きつけの天麩羅屋に連れてってもらったんです。
ちなみに今日は営業日でもないので
全くのプライベートな食事。

さて、お店に到着して
先生が注文をしてくれたんだけど
その注文してくれたメニューが

「かきあげ丼」

…海老入ってるよね。

ご存知の方もいると思うけど、
ぼくは地上の食べ物の中で
海老だけはどうしても食べれない。

しかし、先生が注文してくれたわけだし
(結局会計も先生持ちでした)
露骨に残すことだけはできない。

とりあえずご飯や衣を食べてボリュームを減らしつつ、
残った海老については
隙を伺い、先生の視線が外れている隙に器に蓋をして隠しちゃいました。
たぶん気づかれなかったと思います。。。

普段の接待の中では
「海老が食べれない」ってのは
話の種としていいんだけど、
今日みたいな状況は、ちょっと…。

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お気に入りのクリスマスソングは?(12月12日更新)

毎年この時期になると
この話をしてる気がするんだけど、
今日は「クリスマスソング」の話。

この時期になると、
CMだけでなく街中のBGMとか
いたるところでクリスマスソングが聞こえてくるじゃないですか?

ぼくは昔からクリスマスソングといえば
「ジングルベル」が真っ先に思い浮かんだし
実際好きな曲だったんだけど、
最近「ジングルベル」って
聞く機会が減った気がしませんか?

思い起こすと今冬も
「ジングルベル」って聞いた記憶がない気がします。

「ジングルベル」だけじゃなく、
小さいころから知っていた
「赤い鼻のトナカイ」「きよしこの夜」
こうした曲も昔ほど聞いてない気がする。

その一方で最近よく聞くようになったのは

「Hark The Herald Angels Sing」
「Walki' In A Winter Wonderland」
「O Come All Ye Faithful」
「The First Nowell」
「Angels We Have Heard On High 」など

これらの曲は元が賛美歌等なので、
別に新しく作曲された曲じゃなく
昔からある曲ばかり。

なのに、こういう曲をよく近年よく聞くようになった、てことは
誰か(?)がこうした曲の火付け役になった、ということなんでしょうか。

もしくは

これらの曲は昔から流れていたけど、
自分の趣向や好みが変わったから気づくようになったのかな。

ちなみに

ぼくは「Hark The Herald Angels Sing」と
「The First Nowell」の2曲が特にお気に入り。

前者の方は最近CMでも流れるようになったので
この曲名のフレーズが流れてきたら
耳を傾けてみてください。

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贈り物ってムズカシイ(12月9日更新)

先日友人に子供が生まれたので、
出産祝いを贈ろうと思い
住所を聞いたまでは良かったんだけど、

何を贈るか?

で悩んだまま
数週間経ってしまいました…。

お金を贈るのは確かに間違いないし、
何かと物入りな時期にはいいかもしれないけど
友人間の贈り物としてはかしこまってしまうし
なんとも味気ないじゃないですか?

だからモノを贈りたいな、とは
漠然と考えているんだけど
漠然とした砂漠に立ち尽くしたまま
全く思考が歩みを進めてません…。

そもそも
自分がそういうのを贈られたことがないし(当たり前ですが)
今まで友人でそういう人もいなかったので、
出産祝いに直面するのは今回が初めて。

インターネットで調べたところによると
「哺乳瓶」みたいにこの時期に使えるものがいいらしんだけど、
「哺乳瓶」なんかはぼくが贈るよりは
友人夫妻で選んだ方が絶対いいに決まってる。
そういうのを選ぶことも親としての楽しみであり、
仕事でもあると思うからね。
それを獲っちゃいけないと思う。

それから「紙おむつ」なんてのは
非常に実用的で喜ばれるらしい。

…紙おむつか。

確かに実用的には違いないけど
贈り物としては一体どうなんだろう。。。
てかぼくが「紙おむつ」を買いに行くのか。。。
別にいいですけど、いいですけど。

あとは服とか、
手を使って脳の発達を促すおもちゃとか
そういうものが贈り物としては売られている様子。
うーん、結局何にするか決まってないぞ。

いいアイデアがあったら是非。

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捨てられないひと(12月7日更新)

大掃除の季節ですよ。

今週は久しぶりにのんびりした土・日で、
次はいつこういう機会があるかわからないので
今日は大掃除の練習(?)的な感じで
軽くとりかかってみたんだけど
結論から言うと…

…全然終わらなかった。

考えてみるとぼくって
「モノが捨てられない人間」
な所があるんですよ。

モノを手にすると、しばらく思案したあと
必ずといっていいほど
そういう機会が来ないにも関わらず
「これはいつか使う機会がくるかもしれない」
という結論に帰結してしまうので
いつまで経ってもモノが一向に減らない。

本屋で「捨てる技術」などというフレーズの書かれた表紙を目にしても
自分には関係ないや、と足早に通過。

だからだめなのにね。

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